学会賞授賞作

若手研究者最優秀論文賞

古川 裕康著
“How does the CEO’s Influence Affect Consumer Brand Trust? The Mediating Effects of Symbolic and Environmental Product Perceptions”Journal of International Consumer Marketing, March 1st, 2021.

SNSの時代に、消費者がCEOと直接接する機会が増えている。こうした状況下で、CEOの影響力が消費者のブランドへの信頼に影響を及ぼすのかどうか、また及ぼすとすれば、どのような経路で及ぼすのかを解明することがこの論文の意図である。分析はCEOのプレゼンスと文化的背景を異にする米国と日本という2つのセッティングのもとで行われている。文化を超えて共通して観察される法則と、文化による差異を明らかにすることが、この論文のもう1つの狙いである。こうした分析のセッティングは、法則の普遍性を見極めるうえで、有効な手段といってよい。

著者は、まず入念な文献踏査を行ったうえで、お墨付き理論やバランス理論などに依拠して、精緻な仮説枠組みを構築する。そして、構造方程式モデリングを使って仮説の検証を試みる。検証に使われたサンプルは、オンラインパネルだが、調査の意図に沿うようその選別が入念に行われている。

発見結果は、次のとおりである。
●日米ともに、CEOの影響力は、直接的にはブランドへの信頼に寄与しない。
●日米ともに、CEOの影響力は、シンボリックな製品であるという消費者の認識、環境に優しい製品であるという消費者の認識に寄与する。
●日米ともに、シンボリックな製品であるという消費者の認識、環境に優しい製品であるという消費者の認識は、ブランドへの信頼に寄与する。
●日米ともに、CEOの影響力は、シンボリックな製品であるという消費者の認識、環境に優しい製品であるという消費者の認識をとおして、間接的にブランドへの信頼に寄与する。
●ただ、長期的志向の文化である日本では、CEOの影響力は、シンボリックな製品であるという消費者の認識以上に、環境に優しい製品であるという消費者の認識をもたらす傾向にある。それに対して、短期的志向の文化である米国では、CEOの影響力は、環境に優しい製品であるという消費者の認識以上に、シンボリックな製品であるという消費者の認識をもたらす傾向にある。

以上、問題の設定は時流に合っており、国際マーケティング研究に新しい光を当てている。全体の構成は、学術研究にふさわしい構成になっており、論旨も明快である。また、データの選別が入念に行われており、分析手法も科学的で堅実である。学術的意義は大きいといえる。高く評価したい。

ただ、この研究に対しては、次のような問題点を指摘することができる。

長期的志向の文化である日本では、CEOの影響力は、シンボリックな製品であるという消費者の認識以上に、環境に優しい製品であるという消費者の認識をもたらす傾向にあるとされるが、標準化偏回帰係数の差はわずかである。同様に、短期的志向の文化である米国では、CEOの影響力は、環境に優しい製品であるという消費者の認識以上に、シンボリックな製品であるという消費者の認識をもたらす傾向にあるとされるが、ここでも標準化回帰係数の差はわずかである。

先導的なデジタルデバイス企業のCEO としてTim Cook, Ki-Nam Kim, Terry Gou, Satya Nadella, Ren Zhengfei, Kenichiro Yoshidaの6名が取り上げられ、彼(女)を知っているというサンプルが選ばれているが、日米間ではCEOのプレゼンスが違うため、知っているというだけでサンプルをとってしまうと、サンプルの質に違いが生じるかもしれない。おそらく、日本でこれらのCEOを知っている人は、よほど意識が高い人であろう。

また、CEOが代表するものも一定していない。とりわけTerry Gouに対するイメージは、ブランドを持つ企業のCEOのイメージではなく、EMSのCEOのイメージかもしれない。

ただ、以上のような問題点があるにせよ、この研究の意義は大きいものである。若手研究者最優秀論文賞の受賞に値すると考える。

 

学会賞委員会委員長 田端 昌平