多国籍企業研究第11号
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47林倬史著『新興国市場の特質と新たなBOP戦略 ―開発経営学を目指して―』 金綱 基志ていること、そして次第に安定就業者層の拡大とBOP層の縮小が図られていく可能性が指摘されている。また第6章では、貧困層の絶対数の増加という課題を解決していくために、インフォーマル・セクター内で雇用を創出するシステムが戦略的に重要となることが論じられている。続く第7章では、CARDのような現地NGOによるBOP戦略の有効性と限界が考察されている。有効性とは、BOP層のニーズを反映した商品企画やマーケティング企画を零細起業家にアドバイスできる点にあり、限界とは、そのビジネスが既存の生活必需品を安く調達し現地コミュニティに販売するというケースを脱していない点にある。そのような現地NGOの有効性を活用しながら、限界から脱却するために本書でその重要性について強調されているのが、現地NGOとグローバル・バリューチェーンを構築している外資系多国籍企業とのアライアンスである。外資系多国籍企業の持つ経営資源や能力を活用することができれば、現地での小規模ビジネスの展開にとどまる現地NGOによるBOP戦略の現状を変えていける可能性が生じてくる。ただし、現地NGOのミッションは社会的課題の解決である一方で、多国籍企業のミッションは経済的価値の追求である。従って、現地NGOと多国籍企業がアライアンスを展開していく際には、異なるミッションのもとに事業を行っている二つの異質なバリューチェーンをいかにNGOのミッションベースで接合するのか、つまり経済的価値の追求ではなく社会的課題の解決を優先しながら接合するのかという点が最大の課題となってくる。著者によれば、この接合のプロセスは以下のよう進展していく。すなわち、「ハイブリッド・バリューチェーン1(HBV1)」のVersion1.1、Virsion1.2、そして「ハイブリッド・バリューチェーン2(HBV2)」のVersion2.0という経路である。ハイブリッド・バリューチェーンとは、現地NGOによる社会的価値創出のバリューチェーンと、営利組織による経済的価値創出のバリューチェーンが接合したバリューチェーンを表している。HBV1のVersion1.1とは現地NGOと現地零細ビジネスから構成されるバリューチェーン、Version1.2とはVersion1.1に現地小規模企業が加わったバリューチェーン、Version2.0とは、Version1.2に外資系多国籍企業が参加したバリューチェーンを意味している。ハイブリッド・バリューチェーンがVersion1.1から1.2、2.0に進むにつれて、バリューチェーンの地理的範囲も、ローカルからリージョナル、そしてグローバルな規模へと拡大していく。ハイブリッド・バリューチェーンVersion2.0では、現地NGOによるバリューチェーンが、外資系多国籍企業のバリューチェーンを活用することで強化され、インフォーマル・セクターにおける雇用の創出や所得の増大が図られることになる。このVersion2.0のモデルとなっているのが、Grameen Yukiguni Maitake、Grameen UNIQLO、Grameen Danone Foodsなどである。これらの事例では、現地NGO(グラミン銀行)がキーストーンとなり、2つの異質なバリューチェーンが、現地NGOのミッションベースで接合され、成果を上げていることが確認されている。第8章では、現地BOP層の主体的な参加を促すシステムの下で開発・事業化された製品やサービスは、リバース・イノベーションとして先進国に展開する可能性を持つことが指摘されている。

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