会長挨拶

会長就任のご挨拶

このたび、多国籍企業学会の会長(任期2025.8-2027.7)を拝命いたしました阪南大学の伊田昌弘です。伝統ある本学会の舵取りを担う機会をいただき、身の引き締まる思いです。微力ながら本学会のさらなる発展に尽力する所存です。どうぞよろしくお願い申し上げます。

本学会は、1972年に誕生した多国籍企業研究会をその前身母体とし、この分野では我が国で最も早い時期に発足した学術団体です。経済学と経営学を合体させて多国籍企業の構造・戦略・外部環境に関する学際的探究を通じ、世界経済(グローバル経済)の理解を深める知的基盤として、長年にわたり、豊かな研究の蓄積を書籍や論文として公刊しつつ、また幅広い対話の場を提供してきました。私自身も、本学会における議論を通じて、研究的にも人間的にも多くの刺激をいただいてまいりました。

ところがいま、私たちは「グローバル化の後退(Deglobalization)」、「分断の経営」(Management in a Divided Global Economy)と呼ばれる現象に直面しています。冷戦終結以降、貿易・投資・情報・人的移動を通じて推進されてきたグローバル化の波は、近年急速にその勢いを失いつつあります。米中対立、ウクライナ戦争、経済安全保障、サプライチェーンの分断、保護主義の復活──これらは単なる一時的現象ではなく、多国籍企業の存在意義そのものを問い直す動きとも言えるでしょう。

多国籍企業は、国家と国家のあいだの制度的・文化的・政治的差異を乗り越える主体として、時に世界の「調停者」として機能してきました。しかし、いまやその存在はしばしば疑問視され、国内回帰や脱グローバル戦略が注目される時代に突入しています。こうした変化は、我々研究者に対して、従来の理論枠組みの再考を促すとともに、新たな視座 ─たとえば地政学・サステナビリティ・企業倫理・地域再編など─ との接続を求めています。

このような時代だからこそ、多国籍企業研究の知的意義はむしろ増していると私は考えます。企業がどのように複数の制度の間を動き、いかに権力やリスクと向き合い、価値を創出あるいは毀損しているのか。多国籍企業は単なる「経済主体」ではなく、現代世界の構造的矛盾を内包する存在でもあるのです。

今後、私が会長として注力したいのは、以下の三点です。第一に、学会誌および年次大会のさらなる質の向上と国際的訴求力の追求。第二に、若手研究者と大学院生の育成および支援体制の拡充。第三に、関連する他学会との協働を視野に入れた、開かれた知の創出です。

学会とは、異なる視点が交差し、共に考え、共に悩む「場」であるべきです。グローバル化の再編が進むいまこそ、私たちは過去の理論的遺産を継承しつつも、現実への感度を高め、批判的かつ実証的な知の構築に挑戦する必要があります。

最後に、本学会が今後も、自由で創造的な学問共同体として発展し続けるよう、会員の皆様とともに尽力してまいります。変化の時代だからこそ、対話と連帯の力を信じて─ 皆様のご支援を賜れましたら幸いです。

2025年8月1日
多国籍企業学会 会長
伊田昌弘(阪南大学)